OWCを振り返って
ーOWC2013チャンピオン、おめでとうございます。
ありがとうございます。
ーOWCチャンピオンになってから2週間、初代オセロキングになって実感は湧いてきましたか?
うーんそうですね。タイトルを獲ったという「肩書き」が手に入って嬉しいのはあります。でも「強さ」的には全然納得いってないです。今回の予選で高梨九段、岡本八段に勝っていません。やっぱりあの2人は特別ですね。特に高梨くんは今でも最強だと思っています。
ー今回のOWCは日本人ばかり強くて外国勢はトップクラスがいないと言われていました。印象に残っている外国人プレイヤーはいました?
とんでもないっすよ!外国人プレイヤーみんな強かったです。彼らの強さに驚きました。日本人は序盤~中盤強い人が多いですが、外国人はみんな中盤~終盤が強いイメージですね。正直もっと弱いかなと思ってました(笑)たぶん世界選手権に慣れているから強いのかな。
印象に残ってる外国人プレイヤーは予選の初戦で当たったフランスのオタク(Arnaud Delaunay)です。彼は決勝リーグにも進出しましたけどフロックじゃないですね。強いです。
Arnaud Delaunay
もう一人外国人で決勝リーグに残ったデビッド・ハンド。彼は成長途中のプレイヤーな気がします。これからどんどん強くなっていくんじゃないですかね。
David Hand
ー外国人と明るくコミュニケーションしてたよね?
外国人とノリで話せるの超楽しいっす!
ー伊藤七段っぽいね(笑)OWCについてもう少し細かく聞かせてください。今回のOWCで「一番しんどかった対局」はどの試合でした?
負けたら終わり、予選敗退が決定してしまうドミニク戦です。もうこの対局は序盤からずっと苦しくて苦しくて完全に追い込まれました。ただ、中盤に緩い手が一手あり、それを咎めて一気に勝勢まで持って行けたのが大きかったです。
Round12
Black:Junya Ito - White:Dominik Nowak
初日からずっと本調子ではなかったのですが、この対局で「追い込まれてから」一気に調子が戻ってきたんですよね。手がよく見えるようになってきたというか。それで勝ち進むことができた気がしています。
ーではOWCで「一番印象に残ってる対局」は?
為則戦です。為則さんと(決勝リーグ進出がかかった)あの局面で対局できたことが嬉しかったです!あの対局は本当不思議な一局でした。なんというか…もうお互い「盤面で会話している」感じでしたね。
ー会話?
はい。序盤の選択もそうだし、相手も自分も手がわかってるんですよ。ずーっと。ここしか無い一手がずっと続くんです。「あ、やっぱりそこ打ってくるよね、ということは僕がここ打つっていうのも為則さんはわかってるよね」みたいな感じ?
なんだろうなあ…僕はあの対局を通して、ずっと為則さんに「オセロを教えてもらってる」感じだったんですよね。「伊藤くん、ちゃんと正解打てる?」みたいにずっと教えてもらってたんです。あれほど読みが噛みあった試合は今までないです。
ーそれは評価値がどう、とかではもちろんなく?
そうですね。そういう次元の話ではないです。唯一為則さんに打たれたX打ちだけ「やられた!」と思ったんですが、それでも粘ってしっかりと打ち切ることができました。そうやって盤面で色々教えてもらいながらも、間違えずに引き分け勝ちに持ち込むことができたんです。
だから為則さんは対局後「間違わなかったね!よく打てたね!」って言ってくれたんじゃないですかね。すごく楽しかった!
OWCこぼれ話
ーもう賞金は振り込まれました?
(インタビュー実施時)それがまだなんですよ~!ほら、アベノミクス?でいま円安進んでるじゃないですか。メガハウスさんがその辺見てくれていてちょうどいい時期に振りこんでくれるんじゃないですかね(笑)
ー5000ドルだっけ?
そうです。レートが1円違うだけでだいぶ違います。
ー賞金は何に使うか決めてるの?
秘密です!でも貯金とかしますよ。たぶん。あとはパーッと使います。
ー家族にはオセロキングになったこと言った?というかオセロやってること言ってるの?
オセロやってること自体僕からは言ってないんですが、親は知ってました。検索とかしてるみたいです。で、世界チャンピオンになったことはさすがに自分から言いました(笑)でも世界大会の代表に選ばれたことは言ってませんでした。なので世界チャンピオンになってから代表になってたことを言ったので完全に事後報告です(笑)
ー第2回owcはシンガポールですね。海外に行ったことはあるの?
初めての海外です!海外行ったことないんですよ。
ー「七段」になってみてどうですか?景色は変わった?
七段になったので少しずつ意識が変わりつつあるかな、と。自分は「世界チャンプ」として振舞わなければいけないかなーと思っています。
オセロプレイヤーについて
ー目標としてきた、目標としているプレイヤーは誰ですか?
為則さん、中島さんです。あと今はやっぱり高梨くんですね。
ー高梨九段の強さって「暗記範囲の広さ」だとよく言われるけど、そういう意味で目標にしているんですか?
いや、高梨くんはもう次元が違いますね。「オセロを一番知っている」プレイヤーなんです彼は。暗記とかそういう次元じゃないところで圧倒的に強いですね。
僕は高梨くんの棋譜を並べますが「こうやって相手を倒すんだ」と「参考にする」感じで並べています。僕も世界チャンピオンになったけど、彼と比較すると実力が圧倒的に追いついていないなーと思います。
ーなるほど…もう僕みたいな低段じゃわからない次元にいるのか…。岡本くんはどうだろう?
岡本くんも強いです!岡本くんの強さは「中盤から終盤にかけての構想力」なんです。彼の終盤構想力はすごいですよ。人間的に嫌な、相手を間違えさせる手を意識して打ってます。
あと最近は序盤も強くなってきました。いわゆる「ハメ進行」みたいなものを多用してきますね。もう手がつけられないです(笑)
ー逆に三段以下で「こいつやばい!強い!」みたいなプレイヤーっています?
阿部(由羅)二段です。さいたまオープンで当たったんですが、彼は「オセロをわかってる」手を打ちますね。評価値自体は良くないんです。だけど、一手一手に意味があってすごくしっかりした手を打つんですよ。
今後彼がオセロを続けるかどうかはわかりませんが、もし続けたら抜け出るんじゃないですかね。
ーこの人だけには負けたくない!という相手はいますか?
山川くんです(即答)。山川くんとは同い年で、対戦成績もほとんど五分なんですよ。彼にだけは絶対負けたくないですね~。彼とは打ってて楽しいんです。これからもたくさん対戦したい相手ですね。
ー同い年に見えないな(笑)伊藤七段がどうしても勝てなかったり、苦手なプレイヤーは?
やっぱり高梨くん。彼にはどうしても勝てないんです。でもすごく勝ちたい!あと朝比奈(三段)くんも苦手です。暗記にハマるのが嫌ですね~。あ!それから一番対戦したくないのはてばです!塚本三段ですよ。彼との対局もすごく苦手にしていますね。
ー苦手なプレイヤー多いね!意外でした。ちなみに今「一番打ちたい相手」は?
栗田くんです。
ー栗田くん?同じブロックですよね
同じブロックですが、栗田くんとは3年くらい対戦してないんですよ!彼がトッププレイヤーになってから一度も対戦してないんですよね…。どういうオセロになるのか…今一番打ってみたい相手です。
ー今まで一番「お世話になった」プレイヤーはもちろん…
もちろんワッキー(脇本四段)です!彼には本当にお世話になったんですよ!もう世話になったなんてものじゃないです。彼と会ったのは品川支部の練習会なんです。それから長い付き合いなんですよ。
うーん、よくもまあこんな僕みたいな人間を面倒みてくれるなーと思います(笑)
ーOWCで優勝したとき脇本四段が駆けつけてて、伊藤七段は泣きながら脇本四段に抱きついていたじゃないですか。「本当にこの2人仲良いな」なんて思ってたんですが、そんなにお世話になったんだ。
はい。彼がいなければ僕はここまでオセロをやっていないと思います。彼にはそれくらいお世話になっています。
あと、プレイヤーではないですが小出さん(元日本オセロ連盟専務理事)にも本当にお世話になりました。「伊藤くんが世界一になる姿を観たい。とりあえず日本とっちゃえよ」みたいなこと言われてたんですよ。まあ世界先に取っちゃってまだ日本はとってないんですど(笑)
ー特定のプレイヤーの研究はどんな感じでしてる?
僕は特定のプレイヤーの研究は一切しません!
ーえ!しないの?
しないですね。ん~、なんだろ…結局のところ僕は「自分の棋力が一番大事」なんです。強くなりたい。相手が誰であろうと強くなりたいんです。だから特定の人の研究は一切やらないんです。自分がどこまで強くなれるんだろう…というところに興味があるんです。
ーでも変な序盤打つ人とかいるんだから想定して研究しないと不利にならない?
僕序盤で自分が暗記している進行であっても長考することありますよ。序盤から徹底的に考えるんです。ZEBRAの解析値は確かに正しいのかもしれないけど「もっと他に手はないのか?」とか「相手がここで外してきたらどう打つか」を常に考えるようにしています。だから序盤の変化にもついていけるのだと思います。
高梨九段。近代オセロプレイヤー憧れの存在でもある
オセロとの出会い
ー伊藤七段とオセロの出会いを教えてください。
実は僕高校中退してるんですよ。オセロにハマりすぎて(笑)まあ当時あまりぱっとしない毎日だったんですけど、その時携帯のオセロサイトで「チャットしながらオセロができる」っていうサイトがあったんですよ。だいぶあまり知られてないサイトなんですけど。
そこで暇つぶしにオセロを打ってみたら負けてしまって。それで不思議に思ってたらほかのチャットルームにいた人に「オセロって奥が深いんだよ」と教えてもらったんです。そこで色々調べているうちにyassさんのサイトに辿り着いたんです。
ーyassさん懐かしい!オセロ定石 for mobile othellerだっけ?
はい。そこで定石を勉強したり中盤、終盤の打ち方を勉強して強くなりました。あれは良いサイトでしたね!あのサイトがなかったら最近の若い世代のオセラーはオセロやってなかったんじゃないですか?技術的なことをあのサイトでだいぶ学びました。
その後は「オセまみれ」とかで打ってました。当時は100人くらい打ってるサイトが5~6サイトあったんですよ。おっしー(大竹三段)もその辺で絡むようになりました。
ー生オセロの大会に出たきっかけはなんですか?
やっぱりCOBRAですね。COBRAって有段者がいっぱいいたじゃないですか。他に有段者がいるサイトってほとんどなかったんですよ。で、COBRAの人がどんどん大会に出て行きそれに釣られて僕も出ましたね。
僕より先に高梨くんデビューしてるんですよ。僕は確か2006年11月です。水戸の世界大会の年です!あの時小出さんの世界選手権ブログ読んでましたもん。あれ読んで「うわいいなあ!出たい出たい!」って思ってました。それで、住まいから近かった川越の大会(川越順位戦)に初めて行ったんです。
ーデビュー戦はどうでした?
初戦は綿引五段でした!確か綿引くんはその大会で初段とったんですよ。その後調子よくて3勝2敗で最終戦迎えたんです。「初大会で4勝勝ち越しだ!初大会で初段だ!」と思っていたら最終戦戸田四段(笑)当時戸田くんのことをよく知らなかったんですよ。ネットでは強い!と有名でしたし知ってましたけどそれが戸田くんって知らなくて。普通に負けました。
ー品川の大会もその頃から出てる?
出始めましたね。あの当時「品川は強い人が出る」と評判でしたので気合入れていきました(笑)当時あった「高段者を指名できる」というのと「cobraの管理人さん(中島八段)が開催している」という理由で参加しました。あの指名制度は良かったですね~。最初に中島さんを指名しました。良い勝負はできたと思うんですが終盤力で負けましたね。
実は僕、最初の品川の大会で僕5勝してるんですよ!ブライアン・ローズ(五段)や佐野(洋子五段)さんと対局しましたね。あとあふって覚えてます?大橋三段。彼とも対局しましたね。順調に進み4勝1敗で最終戦を迎えました。
これがですねえ…びっくりしたんですよ。最終戦で当たった人がやばい人で…。何がやばいって、大会始まるときに「必勝」ってかいてあるハチマキ巻いてる人が現れて、「えー!オセロ界ってこんな人が来るの!え、怖い!」という人が最終戦の相手だったんですよ。まあそれ山川くんだったんですが(笑)
全国区プレイヤーへ
ー全国大会は?
全国大会デビューは2008年です。2007年、とにかく大会に出まくったんですよ。当時強い人がいっぱいいたりんかいインターミディエイトもよく出てました。脇本四段、おっしー(大竹三段)と一緒にいった東北オープンもいろいろあって良い思い出です。そんな感じで大会出まくって力をためて、2008年の名人戦で4位に食い込みました。
当時僕は無名のオセラーだったんですが「僕の力を見せつけてやるぞ!」という感じで気合いれて臨みました。初めての全国大会だったんですよね。いきなり4位に食い込んだんですよ!死に物狂いでしたねー。いやー、初参加の全国大会で五段とれたんですよ!びっくりしました。
ーそこから快進撃が続くと。
2009年に最高レートを更新するんですよねー。ちょうど品川スーパーリーグで優勝した時でした。他には京都OPで1敗、翌日の兵庫スーパーリーグで優勝とかしてレートがめちゃくちゃあがったんですよ。
ところが。2009年その後はほとんど大会出てないんですよ。僕「彼女ができる」と全然オセロやる気なくなるんです(笑)僕が弱ってる時期って「あ、彼女いるんだな」って思ってください。やっぱり僕はモチベーション型オセラーなんだな…とすごく思います。ネットオセロもやらなくなりますわ。
ー六段になったのはいつでしたっけ?
2012年名人戦で決勝までいき六段になりました。五段から六段になるまで丸4年ですよ!その4年間どうたったんっけなあ…。実はあんまり覚えてないんですよ。ニューイヤーズは結構良い結果は出てたんですが…。
そういえば僕冬に強いんですよ(笑)ニューイヤーズもいつも調子いいです。11月くらいから調子が上がり始めて3月の名人戦がぎりぎりですね!夏になると暑くて弱ってます。
オセロが強くなる方法は?
ー例えば僕みたいにレート1000前後の人と打ってると「どうしてこの人こんな箇所に打ってくるんだろう?」という局面ってよくあると思うんです。キングから見て、そういう人は何にこころがけて練習していけばいいですかね?
弱い人はみんな終盤が明らかに弱いです。中盤までは有段者であればみんなそれほど変わりませんよ。でも終盤になるといきなり崩れる…ということがよくありますね。皆さんまずは終盤を徹底的に鍛えましょう!
ー終盤がわからない!という人も多いと思うですが、どういう練習をしてきました?
初段くらいのとき、終盤がわかるキッカケっていうのがあったんですよ!僕は最初終盤って言っても「3個空きだから偶数理論で…」というくらいしかわかってなかったんです。ところが、ある時期から「隅だけの偶数理論」じゃなくて「盤面全体を使った偶数理論」というのをしっかり意識して終盤を打てるようになってから終盤がわかってきました。
終盤が弱かった時、朝比奈くんに「ひたすら3個空き、4個空きの局面を全部、正確にカウンティングする練習をしろ」と言われたんですよね。そこから1~2週間
寝る前にカウンティング練習をずっとしてたんです。そしたら「偶数理論ってこうやって使うんだ!」と終盤がわかるようになってきました。あれは本当にやってよかったです。
終盤が弱い人でも経験値自体はたまってる人多いと思うんです。終盤強くなりたい人は、僕がやったみたいに本当に少ない3個空き~4個空きの終盤問題を解きまくると終盤強くなると思いますよ。
ーやっぱりオセロは終盤なんですね
僕の経験ですが、オセロをやってると最初は序盤~中盤が強くなっていくんですよ。すると終盤に「壁」ができてきます。そこで徹底的に終盤を鍛えることになるんですね。そうすると今度はなぜか中盤に「壁」が出てきます。そして中盤を鍛えることでやっと「一局が落ち着く感じ」になるんですよ。結局「その時足りてない」箇所を中心に練習していくんですけどね。そうやって僕は強くなっていきました。
何度も言いますが、終盤を練習するとすぐに強くなれます。終盤力が「四段の壁」な気がしますね。三段までは中盤までが強いんですが、やはり四段以上の人はみんな終盤が強いですね。
ー終盤系のソフトは何を使ってるんですか?Happy Endとかやってるの?
いや、僕は終盤カウンティング関連は全部中島八段が作ってるものを使っていますね。他のものは使わないです。オンラインオセロ教室をずっと使ってますね。
ー棋譜並べとかはあまりやらない?
強い人の棋譜は並べますけどね。どういうの打ってるんだろうな、という感じで研究というよりは参考として並べます。特に高梨くんの棋譜は結構並べてますね。
ーネットオセロはブリッツですか?長考ですか?
どっちもやりますね。長考の後は解析もするようにしています。やっぱり長考が大事。ネットオセロでも長考を続けると強くなりますよ。普通に仕事してるんでなかなか時間とれないんですがブリッツだけにはならないようにしています。
僕は携帯オセロサイトの出身なんですが、携帯系のサイトって長考メインなんです。だから携帯サイト出身の人は強いんですよ。PCサイト出身の人は暗記が強いんですけどね。
ーちなみに伊藤くんって、最近の若手オセラー系の「精密機械」な感じは全く無いよね。気合系?
そうです!僕は完全に気合系のオセラーなんですよ!飯島七段と似ていると思います。オセロは確実に「気合いと運」です。オセロって、結局はメンタルゲーなんですよ。人間同士の心理戦じゃないですか。オセロはモチベーションが全てだと思ってます。
時々小出さんがネタにするチョコ事件があったじゃないですか。2008年全日本選手権の東京ブロック予選。最終戦で一気に気を失いかけて、会場の人に「チョコくれ!水くれ!」って言いながら倒れて救急車呼んでもらった事件ですね。あの頃って僕気合いですべての手筋を読みまくってたんですよ。良いも悪いもわからず。脳を使いすぎて気を失いかけた感じですね~。救急車で運ばれたのでもちろん負けて予選通過できませんでした(笑)
オセロがわかるようになってきてからはそういうのも無くなってきましたが、やっぱりオセロって気合いが大事だよな!と今でも思ってます。
今後は…
ー今後の目標は?
あと国内メジャータイトルを取ることですね。結局国内タイトルを取ることなく世界チャンピオンになってしまったので取らないと!冬のうちに取らなきゃいけないから名人戦しかないですね!
2013年02月09日
天王洲アイルにて